福井見聞録 愛宕坂・百坂
天正三年(1575年)柴田勝家によって一乗谷から移された愛宕大権現社への参道として知られ、古くは歴史ある料亭や茶屋が建ち並び、栄えた場所だったそうです。
明治以降、「愛宕山」を「足羽山」と呼ぶようになったとあります。
参考HP:福井市愛宕坂茶道美術館
愛宕坂
百坂
【百坂のいわれ(案内板より)】
緩やかに尾根をのぼる愛宕坂に対し、百坂(百段坂)は東側の山腹を直登して愛宕坂に合流する急勾配の坂道です。
百坂という名は、階段のおおよその数から呼ばれたとあります。
坂を上りきった休息所からの景色(福井市の中心地)